ミランダ・ジュライ『最初の悪い男』
若くはない。43歳はもう若者ではないのだ。
「最初の悪い男」の主人公:シェリルは43歳。女性に降りかかる性暴力に抗うための護身術の講習会などを行うNPO法人で働いているが、彼女が考案した「護身術とエクササイズの融合した」映像ソフトの売上により、勤め先では歳相応の成功を収めていると言って良い。では私生活はどうか? 勤め先の団体で理事を務めるフィリップという男性に好意を抱いている。フィリップは65歳で、約二回りは歳が離れている。物語はシェリルの恋の行方を追う物なのかとページを進めれば、クリーという若者の闖入により、事態はあらぬ方向に突き進んでいく。
職場の上司夫妻の娘で20歳。自らのはち切れんばかりの若さを自覚していない若者であるクリーと、各所体毛に白髪が交じり始めている自覚のある中年のシェリルとが、ふとしたきっかけで同居生活を送ることになる。
完璧に組織化された生活を送り、ヒステリー球という喉の狭窄感、異物感に悩まされているシェリルは、まるで「傍若無人」という四字熟語が大きく書かれたTシャツを着てリビングを行ったり来たりするようなクリーという人物との暮らしを通じて、シェリルの中に様々な変化が訪れる。それはぎこちない会話に端を発し、それが暴力的な取っ組み合いに取って代わり、果ては思いもよらない親密さを交わすまでに発展する。
「最初の悪い男」では幾つかの〝可能性〟が提示される。
自分と自分が好意を寄せている男性は、実は遠い昔に結ばれていた王女と王であり、何度目かの転生を経て今の人生でやっと巡り会ったのだという可能性。その男性が孫ほど年の離れた少女と肉体的な関係を結ぼうとしている可能性。ヘテロセクシャルという自認があったはずが同性をセクシャルな目で見てしまっている可能性。それらの可能性はジリジリと彼女を追い詰めていく。
しかしながら、その〝可能性〟の有無を確認する術は当たって砕けるしかないのだ、というシェリルの選択と行動、がむしゃらな有言実行精神は、通常の私小説の枠組みを大きく超え、読者に勇気を与えてくれる。
若くして、その若さゆえの特権である「奔放さ」を開放してこなかったり、その機会に恵まれなかったり、それを飼い慣らす術を知らなかった「かつての若者」(しかもそこには老いの実感も希薄なのだ!)は、いよいよ肉体的な衰えが本当に始まろうとしている人生の折り返し地点に立たされた時、いかにしてその衝動と向き合えば良いのだろうか。シェリルとほぼ同年齢であるミランダ・ジュライは、自らが書き上げた初の長編小説の主人公を、圧倒的に肯定してみせる。
「雨のような拍手喝采」
ジュライは作品中に二度、この言葉を用いている。一度目はメタ的な使い方で、そして二度目は文字通りの祝福として。物語を読み終えた貴方も、きっとその観衆に加わっているはずだ。
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