僕らの未来は鉛色 「エリジウム」


 (展開に触れているので未見の方はご注意を)
 例えば地球に不時着して難民キャンプでの暮らしを強いられるエイリアンの造形がエビのようなデザインではなく、人間の耳が少し尖がっただけでピタピタの衣装に身を包んだエイリアンだったら、と想像してみてほしい。「第9地区」は恐らくあそこまでの大ヒットには至らなかったはずだ。問題に晒されている者を異化するということは、現実としての酷い問題を「ひとまず置いておける」ということであり、監督のニール・ブロムカンプは、かつてのケープタウンの「第6地区」を異化して、新たな物語を構築することに成功した。
 ブロムカンプの新作「エリジウム」は、地球の環境汚染が進み、経済的に余裕がある人々は地球は見捨ててスペースコロニー「エリジウム」に移住し、それが不可能な貧しい人々は地球にとどまって暮らしている、という設定の物語だ。この設定自体はなんら目新しいモノではなく、それこそ「ブレードランナー」の原作であるP・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を始めとするSFの諸作で何度となく語られてきたテーマである。現実にも格差社会が進行しつつある2013年の日本では、宣伝でもそうした要素を過剰に煽り「富裕層vs貧困層の戦い」を描いた作品であるかの紹介していたように思える。しかしながら実際に本編を鑑賞してみれば、そうした事前の印象とは若干異なる映画に仕上がっていたように思う。
 本作でブロムカンプは何を異化したのか?
 それはいくつかあるのだが、まずはスペースコロニー:エリジウムには常備されている「どんな病気でも治してしまう」魔法のような医療ポッドであろう。
 現代医学でいえば、医療はそこまでの進化を遂げていない。しかしながら一方で「いつかは必ず実現するであろう」という実感を、2013年を生きる多くの人々が抱いているのも事実であろう。国民皆保険(それも風前の灯だが)という制度が当たり前の日本人にとってはピンとこないところも多いが、懐具合を心配せずに健康にお金をかけられる富裕層と、生活に手一杯でとてもそこまで手が回らないという貧困層とを、両者の間に「魔法の医療ポッド」を置くことによって象徴的に描いている(そして後に触れるがこの医療ポッドにはもう一段階上のステップがある)。

 よく公務員や役人の対応を揶揄して「ロボットのような冷酷な対応だ」と言ったりするが、「エリジウム」でそうした仕事に携わるのは本物のロボットだ。反社会的な行動を察知すれば容赦なく警棒で腕をへし折り、挙動不審な様を見せれば精神安定剤を薦めてくる。マット・デイモン演じる主人公のマックスは、この市民を監視するドロイドの製造工場に勤めていて、クビをちらつかせる上司の申し出を断りきれず、作業中の事故により致死量の放射線を浴びてしまう。5日以内に死ぬことを告げられ、ほうほうの体で家に帰り「あそこには入りたくなかった……」と友人に打ち明ける。こんな地獄のような皮肉が一体どこにあるだろうか?悪臭を放つボロ雑巾でさえ、柔軟剤でフワフワになった純白のタオルのように思える酷い状況も、究極まで追い詰められ叛乱を思い立つ人間の異化であろう。

 「エリジウム」には主人公マックスと対を成すようなキャラクターが登場する。シャルート・コプリー演じるクルーガーである。防衛長官デラコート(ジョディ・フォスター)に「非公式」に雇われている彼は、エリジウムに侵入を試みる市民を容赦なく抹殺する。犯罪歴のある人間を金で雇って後ろ暗い作戦に従事させるという、これも警備会社が戦争にまで介入できてしまえるといった問題の異化であろう。物語の終盤、この名ばかりの「エージェント」の名称を与えられたクルーガーは、顔のほとんどが消し飛んでしまうような重傷を負うが、前記した「魔法の医療ポッド」で、瀕死の状態にあった彼はケロリと復活してしまう。
 この「死んでも死なせてもらえず、失敗した作戦に愚痴を言われ続ける」という恐怖(「痛みを感じない薬の服用で、体がミンチになろうが殺し合いを続けている」という「虐殺器官」のエピソードを思い出す)。クルーガーは、おそらくここで初めて、飼い主に牙をむく。こうして、死んでも死なせてもらえない男と、迫りくる死を外骨格で強化してやり過ごす男が、それぞれの意地を懸け、最後のド突き合いを繰り広げることになる。
 この映画の終わりの楽観性に疑問を抱くような感想をいくつか見かけたが、この幕切れこそブロムカンプが抱く希望的観測の異化であり、現実はそう甘くないことはブロムカンプ自身が一番よくわかっているはずだ。だからこそ、最後にマックスが見つめる地球は、どんなに汚染にまみれていようが、どこまでも蒼く美しく光るのである。



追記:「エリジウム」のエンディングとは対照的に異母兄弟的な幕切れをする「レポゼッション・メン」もおすすめです(共に運命の女をアリシー・ブラガが演じている)。

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