第8回ラテンビート映画祭まとめ

今年で第8回目と回を重ねている映画祭ですが、恥ずかしながら私は今回が初鑑賞。こんなに充実したラインナップならもっと前からチェックしておけば良かった、と思う内容でした。以下に鑑賞した6本の感想を。

■「うるう年の秘め事」(原題:ANO BISIESTO)

公式サイトに「激しい性描写やサディズムといったアブノーマルな世界を描き、2010年のカンヌ国際映画祭では、大島渚監督の『愛のコリーダ』と並び称されるほどの衝撃を与えた。」とあったけど、蓋を開けてみれば上記紹介文とは結構なズレがある、オフビートな「メキシコお一人様事情」とでもいうような私小説的作品となっていた。ワンナイトスタンドを繰り返すもすぐヤリ捨てられてしまう非モテ系の女性が、S属性の男に出会って自分のM属性を発見してしまう、といった「セクレタリー」みたいな映画。ちょっとだけ「フェティッシュ」っていう96年の映画も思い出した。


■「MISS BALA/銃弾」(原題:MISS BALA)

ミスコンに出たかっただけの女の子が気が付いたらアメリカ-メキシコ間の麻薬戦争に巻き込まれて要人暗殺の主犯格になってる、といった「エッセンシャル・キリング」を思わす“不幸わらしべ長者”みたいな映画。「内通者がいるんです……」と助けを求めたらそいつがまさに内通者!みたいな展開がギャング間と警察間で繰り返される。主人公のラウラはボールのように両者の間で突っ返されてはまた投げ返される、という感じで、観ていてキリキリとお腹が痛くなる無限ループが続く。麻薬戦争の闇の深さを、ある被害者女性の目線(ちなみに実話ベースの映画だというからまた驚く)で描いた画期的な作品。中盤に突如始まる警察とギャングの銃撃戦の臨場感も凄い。


■「チコとリタ」(原題:CHICO & RITA)

所謂「芸道すれ違いモノ」を、アフロ・キューバンジャズを題材にしてアニメーションで描くという試み。上映後に拍手がおきてたけど、実写でそれこそ100万回ぐらい繰り返された題材だけに、今アニメであえてコレをやる必然性があまりよくわからなかった。バードやガレスピー、チャノ・ポソといった伝説のジャズミュージシャンの出演シーン(モンクに「誰だい?あの帽子の男は」なんて言ったりする)は楽しかったです。


■「カルロス」(原題:CARLOS)

70年代にパレスチナ解放人民戦線に身を投じたテロリスト、カルロス・ザ・ジャッカルの一代記もの。
オリヴィエ・アサイヤスが監督したテレビシリーズ『コードネーム:カルロス 戦慄のテロリスト』を再編集した3時間近い作品とのことで、あまり過度な期待を抱かずに観たらこれが予想以上に面白かった。衣装もセットもちゃんと「ミュンヘン」のようにお金をかけて再現していて遜色ない。メインの役者もイイ顔ばかりで見ていて楽しいかった。カルロスが血気盛んに計画したOPEC本部襲撃事件は、いざ実行に移してみればグダグダとなって失敗に終わり、この「敗北」を一つのターニングポイントとして重点を置いて描いている。組織で成り上がりこの作戦の指揮を取って決行するまでがRiseだとすると、社会情勢の変化などもあっての以降のFallっぷりが凄い。テロにより逃亡生活を余儀なくされるカルロスは、冷戦終結により国の庇護の下の潜伏もままならず、中東近辺を転々としながら、かつてはゲバラ風に勇ましかったルックスも無惨にブクブクと肥えていく。
テレビシリーズも全部観てみたいです。

■「THE LAST CIRCUS」(原題:BALADA TRISTE DE TROMPETA)

アレックス・デ・ラ・イグレシアの新作。
スペイン内戦下、軍の言いなりで散々な目に遭った道化師の父を見て育ったハビエルは、中年にさしかかり自分も道化師の道を歩んでいた。仕事を得たサーカスでは、花形道化師のセルヒオが絶対的な権力で他の団員に屈従を強いていた。セルヒオは恋人のナタリアに暴力を振るい、ハビエルが彼女を介抱したのをきっかけに二人は親交を深める。それを知ったセルヒオは激怒し…という話で「ああ、なるほど、内戦下の圧制をミニマルにしてサーカス内でやろうとしてるんだな。すると行き着く先は悲恋の物語か」なんて呑気に観ていたら、途中から話はとんでもない方向に転がりだし、それはさながら「雪山の頂上から転がした、ちょっとだけいびつな球体が超高速で巨大化した雪だるま」だった。中盤から終盤にかけての怒涛の展開には空いた口が塞がらない。衝撃度的には本年度No.1。戦争/内戦の無意味さ、馬鹿馬鹿しさを表現するのには、ここまでの熱量が必要なのか(これは先日観た「アンダーグラウンド」でも強く思ったこと)、と愕然とした。
劇中、ハビエルが映画館で見る、スペインの人気歌手ラファエルの映画が効果的。

THE LAST CIRCUS 予告編



■「雨さえも〜ボリビアの熱い一日〜」(原題:TAMBIEN LA LLUVIA)

個人的には6本観た中ではベスト。
時は2000年初頭。スペインによる新大陸での植民地政策に異を唱えた司祭:ラス・カサスの伝記映画を撮影する為にボリビアを訪れた撮影クルー。折しも現地ボリビアは、欧米企業による水道事業の独占に市民が抗議する「水戦争」の真っ只中。そんな中、現地採用した原住民役の男:ダニエルがデモの先導者だったことを知り、若手監督セバスティアン(ガエル・ガルシア・ベルナル)とプロデューサーのコスタ(ルイス・トサル)は、ダニエルに「せめて撮影の間だけデモに参加するのを控えてくれ」と促す。しかしダニエルは「我々の生活がかかっている」と聞き入れずに再びデモに参加。抗議行動は激化の一途を辿り、撮影にも暗雲が立ち込め出す、という話。

この現実の起こった「水戦争」と、撮影で再現する、スペインがインディオに強いる強制労働および抑圧を劇中劇として重ね合わせる手法が非常に秀逸で、自分が知る所謂「映画制作モノ」の中ではトップクラスだと思った。劇中映画のクライマックスとして撮影する原住民たちが火あぶりに遭うシーンと、ボリビアの現状がクロスオーバーする様は、ちょっと観ていて鳥肌が立つほどだった。
映画の冒頭のエピソード、撮影で使用する巨大な十字架をヘリで運び、それを小高い丘に立てるシーンからしてもう既に不穏な空気は充満し「僕たちは世界を変えることができない」というフラグが立ちまくってるんだけど、そうした「外野の敗北」だけでは終わらず、撮影クルーとボリビア人との間の関係性の微妙な変化(成長とも言ってよい)を提示し、物語は幕を閉じる。
是非とも一般公開されて然るべき力作。
雨さえも 予告編



というわけで、どれも見応えのある作品ばかりだったけど、特に「MISS BALA/銃弾」「雨さえも」は多くの人に目撃されるべき作品だし、「ラスト・サーカス」の異常さも多く好事家の元に届けられるべき怪作だよなぁ、と思いました。