おれがあいつであいつがおれで「月に囚われた男」


近未来。サム・ベル(サム・ロックウェル)は、月の裏側で、地球での主要エネルギー:ヘリウム3を採掘する仕事に、月面にただ一人赴任していた。もうすぐ3年の契約期間を終えようとしている。ある日、ヘリウム3の採掘作業中の事故により、サムは大怪我を負う。基地をコントロールする人工知能ロボット:ガーティの助けにより、事無きを得たサム。休養を経て作業に復帰した彼は、以前の事故現場で自分とそっくりの男が、宇宙服を着たままうなだれているのを発見するのだが……というお話。
デヴィッド・ボウイの息子:ダンカン・ジョーンズの初監督作。よくまとまった短編SFのような味わいで、評価に値するデビュー作であり佳作であると思います。
「月でソラリス」みたいな映画かと思ったら、蓋を開けてみれば「月でドッペルゲンガー」といった映画でした。「月面で」「自分と瓜二つの人物が現れる」という極限状態の合わせ技。この緊張を弛緩させる「俺と俺が喧嘩をする」「俺と俺が仲直りして卓球する」みたいなユルいシーンもとても良かったです。ほぼ全編、サム・ロックウェルの一人芝居となっていて、それにはそれ相応の「一人芝居を見ていられる演技スキル」というものが要求されると思うのですが、「最初の俺」と「後から来た俺」を、繊細なタッチで演じ分けていて、達者だなぁ、と思いました。
まぁ、近未来モノで「自分と瓜二つの男が現れる」などと言えば、考えられるオチはほぼ一つであって、まったくもってその予想通りでしたよ。でも、肝心なのは、そのオチの見せ方。観客の予想がついてしまったとしても劇中の主人公はまだ知らないわけで、その現実とどう対峙させるかが、まさに語り部:監督の腕の見せ所でしょう。本作では、それがかなり上手くいっていたと思います。サムが事実を知ってしまう、あのシーンの切なさと言ったら……。
中盤以降、苦悩するサムに所々で救いのロボットアームを差し伸べる人工知能:ガーティ。このロボットがかなりの人情派で(どのくらい人情派かといえば「2010年」のラストのHALぐらい人情派)、かなり良い味を出しているのですが、声を担当しているのがケヴィン・スペイシー。あの“心此処に在らず”といった風情の絵に描いたような無表情で、声を吹き込んでいる様がありありと浮かんできます。
低い制作費を逆手に取って、出来ることの範疇をまず決めてしまって、後は撮り方や演出で補えば良い、といった割り切りの良さが感じられ、それが功を奏していたように思います。何となくカーペンターのデビュー作「ダーク・スター」を思わせました。

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id:Full2ynさん、渾身のノベライズ。傑作です(→感想)。