“セックス”という上位レイヤー 〜ラスト、コーション〜

ラスト、コーションを観ました(@109シネマズMM)。

「対:人」というコミュニケーションにおいて、最上位のレイヤーに属するのがセックスではないか?と私は思います。
人と人とがそれなりに親交を深める過程において、親しさの度合いはあれ、友人・知人というレイヤーを仮定したときに「その人をもっと知る」為には限界があり、それを打ち破り更に上位のレイヤーに達するには、やはりその人と性行為をするのが一番手っ取り早いような気がします。セックスにおける一般的なゴールといえばオーガズムですが、そこに至るまでの道のりは、それこそ千差万別、十人十色といった所で、まさに「その人」が計らずとも表れてしまう行為と言えるでしょう。セックスとは恐らく「誰か(第三者)に(直接的に)教わる事」がない、現代における数少ない行為の一つとして数えられるではないでしょうか(教わる事が無い、と記しましたが、この場合「先生が教えてア・ゲ・ル」というような、実体験を伴うものは除外するとして)。
セックスとはそのまま「関係性」とイコールで結ぶ事が可能でしょう。性行為を通じて関係性を構築する事。ヴェネチア国際映画祭にて金獅子賞を受賞したアン・リーの新作「ラスト、コーション」は、上記で述べた「セックスを通じた関係性の構築」を暗に描いた(アン・リーだけに!)傑作であると思います。
舞台は日本占領下の上海。親日派の特務機関の上官:イー(トニー・レオン)と、抗日レジスタンスに身を投じる事となった女スパイ:ワン(タン・ウェイ)は、秘密を探るための情事というエクスキューズのもと、対人関係の上位レイヤーであるセックスに耽ります。しかし、奇しくもそこで露呈するのは「もしかしたらここ(セックス)より更に上位のレイヤー(女はスパイであり、男は他言無用の政府の仕事に身を置いていること)が存在するのではないか?」という疑念で、そうした疑念を抱きつつの二人の関係は、時にSM的なプレイに及ぶ辺りに象徴されています。この二人の心理戦というか神経戦の決着を、非常にロマンティックかつメロドラマティックなオチに落としこんでいる辺りが、非常にアン・リーらしい感じがして好感を持ちました(まぁ、そここそが食い足りない!という意見はよく解ります)。
役者陣ではヒロインを演じるタン・ウェイとトニー・レオンの、セックスシーンでのガンバリはもちろんのこと、二人ともに監督が要求したであろう台詞の行間を表現する芝居に見事に応えていて、このカップルのラヴシーン以外での吸引力がこれまた白眉です。特にトニー・レオンは不気味な威圧感を有するイーという男を、従来のイケメンイメージを良い意味で裏切る、まるで小津映画における佐田啓二のような存在感で寡黙に演じていて素晴らしかったです。

アン・リーの作品では、「時代やとある状況に翻弄され、ハシゴを降ろされ、途方に暮れる人々」というテーマがよく描かれるのですが、今回もそうした点で観ると全くブレがなくむしろ強固になっていて、監督としてさらに巨匠に一歩近づいたナァ、という気がしました。
南北戦争下のアメリカを舞台にした「楽園をください」で描かれていたのは「南軍ゲリラに身を投じるも、彼らのやり過ぎ具合に嫌気がさし、そこからこぼれてしまう若者たち」という非常に興味深いテーマで、今作「ラスト、コーション」でもワンが諜報活動に身を投じるきっかけが学生芝居で、それが高じて反日レジンスタンスへ、という流れは共通しています。理想は高いが計画力や行動力は低く、結果として活動自体に稚拙さが生じてしまう、という赤いシンパシーがとても印象的で、そのリーダーを演じるワン・リーホンの真っ直ぐなキラキラぶり↓も併せてとってもヤバい感じで、これまた映画の大きな見所の一つとなっています。

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