パーレイ・ウィズ・ユー「ジャンゴ 繋がれざる者」
クエンティン・タランティーノの映画では、よく「演じる」ということが重要なテーマとなる。デビュー作「レザボア・ドッグス」の囮捜査官しかり、「パルプ・フィクション」のギャングに八百長試合を持ちかけられて裏切るボクサーしかり、「ジャッキー・ブラウン」の主要な登場人物間で展開されるコンゲームしかり、「イングロリアス・バスターズ」のナチの饗宴に潜入するためにドイツ人のふりをするユダヤ人しかり。それぞれのキャラクターは、その「演技」の嘘がバレることが生死の問題に繋がりかねない、文字通り「一世一代の名演」を求められる。
このテーマは、タランティーノの新作「ジャンゴ 繋がれざる者」にも共通している。
時は南北戦争勃発の二年前。奴隷の身から救われ、ふとしたことから賞金稼ぎの手助けをすることになった黒人の男：ジャンゴ（ジェイミー・フォックス）。ジャンゴはドイツ人にして賞金稼ぎの元歯医者：シュルツ（クリストフ・ヴァルツ）から「（当時の世相からして）白人と黒人がコンビというのはマズいから、私の従僕のふりをしてくれ」と持ちかけられる。その時にジャンゴは、シュルツからあることを注意される。
「決してキャラクターの“枠”からはみ出すな」
これはある意味、タランティーノの演技論を代弁している、と解釈しても良いだろう。人の目を欺くような見事な芝居をしてみせろ。だが決してやり過ぎるな。物語は賞金稼ぎコンビとして仕事をこなしていくジャンゴとシュルツを追う前半と、そしてある富豪の所有物となっているジャンゴの妻：ブルームヒルダ（ケリー・ワシントン）を救出するために大芝居を打つ後半、という二部構成になっていて、もちろんこの後半でも「演じる」という要素が非常に重要なテーマとなってくる。
カルビン・キャンディ（レオナルド・ディカプリオ）という男は、奴隷ならその名を知らない奴隷はいないであろうという、悪名高き大富豪。キャンディが愛好する黒人奴隷同士の拳闘（もっと言えば殺し合い）「マンディンゴ・ファイト」に目を付け、ジャンゴに「目利きの奴隷商人」を演じさせ、彼の豪邸への潜入を試みる。「俺に奴隷頭より悪辣な黒人を演じろというのか？」というジャンゴに対し、シュルツは「では君の思う限りの悪辣さで演じて見せろ！」と焚きつける。
この後半部で最重要なキャラクターとして登場するのが、キャンディ家に仕える奴隷頭：スティーブン（サミュエル・L・ジャクソン）である。彼はキャンディの農園で最大の自由を与えられた黒人で、自分がまるで白人であるかのように黒人奴隷を酷使する。黒人が黒人を差別するというグロテスクな構造を、タランティーノは後半の肝というべき重要な要素として描いている。
考えてみれば、奴隷という身分は、素が許されない演技だけの人生を送るという足枷をはめられているのと同じである。好き好んで奴隷になる人間などいるはずがない。ところが「黒人の隷属性は持って生まれた性分である」と、キャンディがインチキな骨相学を持ち出して一演説ぶつ場面が終盤の最大の見せ場になっていたりして、なんとも抜かりがない。スティーブンに関して言えば、最後の最後で彼は「あること」も演じていたという驚愕の事実が判明し、ますますこの「演じる」というテーマは強固になる。
個人的な印象で言えば、南部の保守的な伝統というのは、「演じる」ということに対して極度のアレルギーがあるように思える。腹を割って話せ、俺の目を見て話せ。着飾る、という行為もある種の自分をよく見せようとする「演技/演出」であるように思えるが、一張羅を着て奴隷にも丁寧な受け答えをするシュルツに対して、南部の人間は「Fancyな野郎」「Nigger Lover」と蔑みの言葉をかけ唾を吐く。友好的に会話をしたいと気遣い「あなたと“パーレイ”（交渉）したい」と茶目っ気たっぷりに申し出るシュルツに対しては「英語で話せ」とにべもない。そうした状況に腹もたてずに「そういうもの」として冷静なふりをし続けてきた理知的な異国人が、演技の“枠”を外れて暴発してしまう顛末まで含めて、全ては本作の「演じる」というテーマに集束されているように思える。
そして、その“枠”を外れてしまうほどの憤りを、タランティーノは英語には存在しない「仁義」という概念で表現しているのであろう。
※南北戦争を背景に、南軍のゲリラに参加する若者に解放奴隷として仕えるキャラクターが登場する、アン・リーの傑作「楽園をください」も「ジャンゴ」と併せての鑑賞をお薦めしたい。
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