短編小説

 「恋空くん」

「ESGとスリッツ、どっちが好き?」 店内の音量に負けじと、タツヤがわたしの耳元で、自分の口を手で覆いながらそう切り出した。まだ付き合う前の事だ。タツヤとは知り合いのイベントで出合った。 ESGとスリッツなんて有名どころを、しかもガールズバ…

エリ子の想い出

期待が大きかった分、ミッシー・エリオットには失望していた。 サウンド面ではない、体系の面でだ。デビュー当時、彼女はもっと「ふくよか」だった。「Rain (Supa Dupa Fly)」「Sock It 2 Me」辺りのPVには本当に興奮した。 これまで僕が自然と手を伸ばし…

社員食堂のビズ・マーキー

彼はいつも一人で御飯を食べていた。 昼休みの社員食堂。彼の特等席も決まっていた。食堂の一番奥の、一番左。昼休みは必ず食堂に一番乗りして、お決まりの席を確保するのである。食べるものも決まっていた。食堂が用意する400円の弁当と、カップ焼きそばを…

伊勢佐木町のカート・コバーン

ある友人にこう言われたことがある。 「歌舞伎町って、でっかい伊勢佐木町みたいだよね」 その猥雑さも人通りの多さも大分スケールダウンするが、確かに伊勢佐木町は「ちっこい歌舞伎町」のようでもある。 一時期は、かつて“伊勢ブラ”などという言葉が流行し…

“T”Plays It Cool

「弊社を志望された動機は?」 オレはしがない私立大学の4年生。まだ就職が決まらない。出遅れている。全く持って出遅れている。このまま決まらなかったらどうしよう?まぁそのまま喫茶店でバイトすりゃあイイじゃん。内なるオレが言う。そうだねー。内なる…

「最後の更新」

近藤は苛立っていた。あの「ないしょ話」とかいうヤツ。人のことを「整形してる」呼ばわりだ。おまけに人の顔で遊び放題。だが、自らのパブリックイメージを考えれば、ブチ切れしたりするのはキャラではない。近藤は鬱屈としていた。仕事は多忙を極め、スト…

「すぐやる。」

その車内に人はまばらだった。時間は10時過ぎ、ラッシュは少し前に終わっている。私は先頭車両の運転席側、一番端の席に座っていた。 しばらくボーっと車窓を眺めていると、一人の男が乗車してきて、私の向かいの席に座った。歳にして35〜40歳ぐらい、ヨレヨ…