ブルックリンの原節子「人生は小説よりも奇なり」
長年連れ添ってきたゲイのカップルが、同性婚が認められるの機に正式に結婚するも、思いもよらぬ出来事により経済難に陥り、新婚早々にも関わらず友人などを頼って肩身の狭い居候生活を余儀なくされてしまう、というお話。
鑑賞中に驚いたのだが、この作品では小津安二郎「東京物語」の老夫婦を、熟年ゲイカップルに置き換えるという大胆な変奏がなされているのだ。
音楽教師:ジョージ(アルフレッド・モリーナ)の主な収入が、画家:ベン(ジョン・リスゴー)との暮らしを支えたいたようなこのカップルであったが、とあることがきっかけでジョージは職を失うことになる。突然の失職により経済的にも困窮し、マンハッタンのアパートも出なくてはならなくなり、それぞれ友人宅に居候をすることとなる。
この、新婚間もなくして離ればなれに暮らさなくてはならなくなり、友人宅に泊めてもらい、今まで良好に思えてきた関係も次第にギスギスしてくる、という感じが、「東京物語」で子供たちの家をたらい回しにされた挙げ句に熱海に送られ、そこで安らげるのかと思いきや、深夜まで隣室で騒ぐ学生の賭け麻雀で眠れない老夫婦の悲哀と見事に重なって見える。
そして画家のベンにはさらにフィジカルな不幸が降りかかる。ここもおそらくは「熱海の埠頭でよろめく東山千栄子」の翻案ではないかと思われる(つまり、不穏な空気が漂っている)。そして、起承転結でいうところの「転」で、意外な希望の光が差すのだが、なんと物語の終わりも「東京物語」を想わせる展開となる。紀子(原節子)の告白と、贖罪の涙が用意されているのだ。
小津生誕110年記念に鎌倉芸術館で行われたイベントで、かつて小津作品の製作に関わった山内静夫氏が登壇し、氏はサイト&サウンドで「東京物語」が一位になったことについて「極めて日本的な、特異な作品だと思っていたので意外。あの作品を海外で真似するようなことは無理であろう」といった旨の発言をしていたのだが、「人生は小説よりも奇なり」には、小津安二郎が描き続けたテーマが見事に反映されている気がした。今後は監督のアイラ・サックスの動向を注視しようと思う。
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