もう一歩前へ!「冷たい熱帯魚」




マーティン・スコセッシが自伝「スコセッシ・オン・スコセッシ」で、自作「グッドフェローズ」について、こんな風に語っていたことがある(以下うろ覚え)。

「この映画で私が描いたイタリア系のマフィア、彼らに、所謂“モラル”というものが完全に欠如している点に非常に興味を覚えた。彼らはパスタソースを作るのと同じ感覚で人を殺すんだ」

「冷たい熱帯魚」は埼玉愛犬家連続殺人事件に着想を得て、犬を熱帯魚に変換して、フィクショナルなアレンジを加えた作品。映画では、連続殺人に行き掛かり上でたずさわり、そのまま死体解体を手伝う羽目になる熱帯魚店を経営する男:社本(吹越満)に主眼を据え、ライズ&フォールならぬフォール&フォール&フォールを描いた物語。
上記の「グッドフェローズ」では、ジョー・ペシ演じるマフィアの男が口にする印象的な台詞があった。彼は、かつて因縁のあったマフィアを殺して仲間と共に始末。そしてその後、つまらぬ諍いが元で、若い使いっ走りのスパイダーという男を虫けらのように撃ち殺してしまい、上役のロバート・デ・ニーロにどやされ、こう吐き捨てるのである。
「ああ、やるよ。片付けりゃあいいんだろ?初めてじゃねえしな」
人間を殺して解体することが、何ら珍しくもない日常となってしまっている、でんでんと黒沢あすか演じる村田夫婦。この二人が社本を巻き込んでいく過程が、本作では非常にリアルに描かれる。それはいわゆる「恫喝」の構造が完成するまでの俯瞰図であり、その俯瞰図は弱者が強者のペースに取り込まれて抜け出せなくなるまでを克明に、そして簡潔に見せてくれる。支配者/被支配者という関係を、夫と妻、親と子ども、ベテランと新参者、等々、様々な形で象徴的に、もっと言ってしまえば、“パワハラ”という事象の正体を、殺人という変奏によって描いてしまっていて、それこそが「冷たい熱帯魚」の最大の功績とも言えるだろう。
実話を元にしているからというだけではなく、現代の日本と日本人を描いた、いや、それが描かれてしまった映画として、「冷たい熱帯魚」は今後も語り継がれていくことであろうと思う。あなたの隣にもでんでんはいる……かも知れない。
 

スコセッシオンスコセッシ―私はキャメラの横で死ぬだろう

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追記:「グッドフェローズ」との類似点で言えば、「冷たい熱帯魚」の、いよいよ終末へと突き進むクライマックスでタイマーのようなカウンターが表示されるのも、決して偶然ではない気がする。