K・W・ジーター「垂直世界の戦士」

裏表紙解説より
〈大戦〉後、過去の歴史がほとんど失われてしまった遥かな未来、人々は〈シリンダー〉と呼ばれる巨大なビルディングの内側の水平な床や外側の壁で暮らしていた。上下にどこまでも続く外側の垂直世界では、いくつかの軍事部族が活動している。部族同士で略奪や戦争をして金儲けをするのだ。そうした軍事部族に戦士の飾りや軍用アイコンを提供する意匠師アクセクターの波乱に満ちた冒険をいきいきと描きだす話題の長篇SF。

とてつもなく巨大で、先端の見えない“シリンダー”という塔のような建造物を生活の中心にしている者たちは、その世界のことを誇りを持って“ヴァーティカル”と呼び、地上で暮らす進歩もなく行き遅れた人々を“ホリゾンタル”と呼んで蔑む世界。そんな世界で意匠師(グラフェックス)として一旗上げよう!と息巻く若者を主人公にした冒険活劇。
グラフェックスとは、グラフィック+SFXの造語で、軍事部族にアイコンやホログラム、その他諸々の視覚的なアドバイザーとなり色々とこさえる職人のこと。で、それぞれの職人は巨大部族のお抱えだったりフリーランスだったりして、フリーランスの場合はエージェントが仕事を持ってくる、という仕組みになっている。「垂直世界の戦士」の主人公であるナイ・アクセクターは、古臭いホリゾンタルに嫌気がさして塔(シリンダー)に仕事を求めてやってきたフリーのグラフェックスという設定になっています。
なんでそんな塔が?一体誰が建造したのか?なんでそんなメンドクサイ暮らしぶりなのか?という純然たる問いに対しては「そんなことを問うこと自体が愚問!」とばかりに華麗にスルー(まぁ経緯についての仄めかしは多少ありますが)。その方が面白いしカッコ良いから、ぐらいにしかジーター自身も考えていなかったのかもしれませんが、確かに世界を垂直にして見るだけで、これだけの圧倒的な世界観が「グワワワーーーン!」と拡がる様は、読んでいて中々爽快でした。
すごいな、と思った点は、もう個人が体内に組み込まれた何某かの端末でネットに常時接続という概念は大した説明もなくデフォルトで、世の中の色々な情報を取り入れるには、情報を一元管理している「アースク&レシーヴ」というポータル的なサイトにアクセスすることでしか得ることができない、という仕組みになっている(しかも課金制で、自分の口座にお金がなければアクセスは不可能!)。グーグルが突然、課金制度を導入したら…と考えると、ちょっと空恐ろしくなりました。
もう一点。ヴァーティカルで暮らす人々は大概ビデオカメラを持ち合わせていて、シリンダーというまだまだ未知の世界(昼側と夜側に別れているぐらいには超巨大な円錐なので)で面白い映像を録画して、それを動画共有サイトにアップロードしようとすると、エージェントが映像のレア度によって買取の価格を決める、という仕組みになっている。まぁそのまんまYouTubeだと思うんですけど、これらのことを89年の時点で予見して書いている、という辺りが、いやぁジーターってやっぱ凄い作家だナァ、と思いました。
冒頭、主人公ナイは、風船エンジェル(風船の様なフワフワとした被膜で飛んでいる天使)のカップルがセックスしている現場に鉢合わせ、それをこっそり録画、得たお金でシリンダーの上部へと冒険を進める、というのが導入部になっていて、そこからはもうなんというかひたすら「オモシロー!」という感じでグイグイ引き寄せられてしまいました。
結果的にジーターの代表作「ドクター・アダー(→感想)」と同じぐらい面白かったのですが、酷いのが本作の表紙。
 
「SFに興味がない人間は手も触れてくれるな!」と言わんばかりの敷居の高さ。このイラストのセンスで邦版は98年の刊行、というのにもちょっと愕然としました(右がオリジナルのペイパーバッグ)。