アラスター・グレイ「哀れなるものたち」

ウィットブレッド賞、ガーディアン賞をダブル受賞した、スコットランドの奇才の代表作、待望の邦訳!
作家アラスター・グレイは、グロテスクな装飾の施された一冊の書を手に入れた。『スコットランドの一公衆衛生官の若き日を彩るいくつかの挿話』と題されたその本は、19世紀後半のとある医師による自伝だった。それは、実に驚くべき物語を伝えていた。著者の親友である醜い天才医師が、身投げした美女の「肉体」を救うべく、現代の医学では及びもつかない神業的手術を成功させたというのだ。しかも、蘇生した美女は世界をめぐる冒険と大胆な性愛の遍歴を経て、著者の妻に収まったという。厖大な資料を検証した後、作家としての直感からグレイはこの書に記されたことすべてが真実であるとの確信に到る。そして自らが編者となってこの「傑作」を翻刻し、事の真相を世に問うことを決意するが……。虚か実か? ポストモダン的技法を駆使したゴシック奇譚。 (裏表紙解説より)

物語はまず、俺:作家:アラスター・グレイが「図書館でこんな本を見つけたんだけど……」という所から始まります。そこに記してあったのは「女性版フランケンシュタイン」とでもいうべき、「身投げして息絶えた絶世の美女を、友人の天才医師が蘇生させ、そしてその後、彼女は如何にして私の妻となったかをお話しましょう。あ、全て実話ですよ!」という物語。読者は半信半疑のまま、この物語へ誘われる事となります。
『スコットランドの一公衆衛生官の若き日を彩るいくつかの挿話』は、主人公であるアーチボルド・マッキャンドレスの一人称で記され、序盤には醜男で巨体の天才医師:ゴドウィン・バクスターと彼が交流を深めていく様子が語られていきます。ゴドウィンは、ある日、川に身投げした女性の遺体を引き取り、身篭っていた彼女の胎児の脳を、彼女に移植します。そして、赤子の脳を宿した成人女性として、見事に蘇生された彼女:べラ・バクスターは、まさに乾いたスポンジが水を吸うように、驚異的なスピードで精神的に発達を遂げていきます。
物語の中盤は、語り部:マッキャンドレスと「婚約する」と約束しながらも、別の男性と駆け落ちしてしまうべラが、アバンチュール先である世界各国からよこす手紙の文面によって進行するという、凝った構成になっています。ここでの彼女は、更なる成長の証として、政治・宗教・哲学・文学etcといった、世界の成り立ち表す事柄を、幾多の男性との交遊から、これまた驚異的なスピードで吸収していきます。
そして終盤。数々のロマンスを経て、べラは婚約者マッキャンドレスの元に戻りますが、そこで彼女を待ち受けていたのもは……というのが、一応のクライマックスとなっています。
この『スコットランドの一公衆衛生官の若き日を彩るいくつかの挿話』は、アラスター・グレイによる「批評的歴史的な註」という註釈と共に読み進めていく形になっています。この註釈でグレイは「ここは確かに現実と符号する」「いや、ここは現実にこうだった」と検証していくのですが、何しろこの註釈だけで本編の一章分と考えても良いぐらいの分量・内容で、単なる註釈には終わっていません。
そして、驚くべきは、最終章。ある人物の手紙と称して綴られるそのパートは、今まで読んできた物語が「……!!!」と引っくり返る、つまり「一体全体、何層構造なの??!」というぐらいメタメタな構成になっていて、色々な事象を読み解いていくタイプの小説がお好きな方には、もう辛抱たまらん!という感じでしょう。
物語の構造も野心的ながら、ゴシックホラー的幕開けをしつつ、その後ラブロマンスに転向し、そこに巧みに盛り込まれたフェミニズム的視点だとか、まさに戦乱と発展の時代であったイングランド/スコットランドの19世紀末〜20世紀初頭を回顧する内容だとか、胸焼けをおこしそうな容量のテーマをブチ込んで料理してしまうグレイの力量に感嘆いたしました(逆に、これだけの内容を料理するためのメタ構造とも言えるでしょう)。
最後になりますが、頭脳明晰で行動力のある非モテ・醜男が活躍する様って、どうしてこうも心が躍るんでしょうかね?(でもまぁ、それすらオチで…ry)