マイク・レズニック「キリンヤガ」
絶滅に瀕したアフリカの種族、キクユ族のために設立されたユートピア小惑星、キリンヤガ。楽園の純潔を護る使命をひとり背負う祈祷師、コリバは今日も孤独な闘いを強いられる…ヒューゴー賞受賞の表題作ほか、古き良き共同体で暮らすには聡明すぎた少女カマリの悲劇を描くSFマガジン読者賞受賞の名品「空にふれた少女」など、ヒューゴー賞・ローカス賞・SFクロニクル賞・SFマガジン読者賞・ホーマー賞など15賞受賞、SF史上最多数の栄誉を受け、21世紀の古典の座を約束された、感動のオムニバス長篇。《裏表紙解説より》
テラフォームされた小惑星:キリンヤガ。元は所謂“文明側”の住人であったコリバを祈祷師とし、彼の導きで、地球で死に絶えてしまったアフリカ少数民族としてのユートピアを再び築くことが出来るのか?というお話。ちょっと圧倒的で、読み終わった後しばらくうなだれてしまいました。
それぞれが連作短編の形を成していて、短編集としても楽しめると思いますが、一応シーケンシャルな構成となっているので、初めから順に読んでいくと、最後には物凄いカタルシスが得られます。
それぞれのエピソードで提示されるのは、部族のしきたりを理解しない文明、効率性、ジェンダー、老い、etc…、キクユ族のユートピアを築こうとすると、どうしても近代的な概念と対立する要素ばかり。そうした様々な問題に対して、イェールとケンブリッジで博士号を取得したような語り部:コリバが指導者/祈祷師として、彼の理想である古来のアフリカ・ユートピア社会を実現すべく、唯一神ンガイの教え/神話を住民たちに説き、なんとか折り合いをつけていこうと奔走します。彼のみが、惑星を管理する《保全局》とコンタクトが可能で、《保全局》に申請して雨を降らせたり天候を変化させたりもできる。こうして、住民たちから祈祷師としての畏敬を保っている、という設定も非常に良く出来ていると思いました。
当然ながら、彼の高過ぎる理想(ケニア人のような“黒いヨーロッパ人”には決してなるまい)と、そうした問題には無自覚な悪意なき住民との間には徐々に軋轢が生じ、最終的にコリバはその狭間で板挟みになり孤立していくのですが、双方の主張もそれなりに筋の通ったものなので、この終盤のお腹が痛くなりそうな展開には、読んでいて何度も「もうやめて!コリバのライフはとっくにゼロよ!」と心の中で呟いたものでした。
以下は、コリバが弟子として教育してきたンデミという少年と対立する終盤の一場面↓
「きみはいまでもキリンヤガでもっとも聡明な若者だ」わたしは正直にいった。「ここでひとつ質問をするから、是非とも正直にこたえてくれたまえ。きみは歴史を追い求め、わしは真実を追い求める。どちらがより重要だと思うかね?」
ンデミは眉をひそめた。「どっちも同じだ。歴史は真実なんだから」
「ちがう。歴史とは事実やできごとを寄せあつめたものであり、つねに新しい解釈がなされている。歴史は真実から始まって作り話になる。わしの物語は作り話からはじまって真実になる」
「あなたのいうとおりなら」ンデミは考え込んでいた。「あなたの物語のほうが歴史よりも重要だということになる」
「そのとおりだ」わたしはこれで問題にけりがつくことを祈った。
SFという範疇を超えて、多くの人に読まれるべき傑作だと思いました。
追記:ブコメでもご指摘を頂きましたが、前に紹介した「垂直世界の戦士」の表紙と同じく、かなり敷居の高い感じになっていますが、オリジナルのハードカバーは↓こんな感じになっています。
こっちの方が確かに小説のイメージに近いと思います。