21世紀のコバヤシマル・シナリオ「ハドソン川の奇跡」


 「スター・トレック」という作品のテレビ版と劇場版、両方に数回登場する「コバヤシマル」という宇宙船名がある。
 同作品内の「コバヤシマル・シナリオ」という、宇宙艦隊アカデミーのシミュレーション課題に由来するものだが、このテストはどう行動しても敵艦隊の攻撃によって死を免れないシナリオになっており、候補生が「絶望的な状況下での反応と、そこから適切な対応がとれるか」を見極めるためのテストとなっている。
 クリント・イーストウッド監督の「ハドソン川の奇跡」は、2009年に起きた「USエアウェイズ1549便不時着水事故」を描いた作品だ。
 鳥が旅客機の左右の両エンジンに飛び込み、航行不能に陥るものの、ハドソン川に着水し絶望的な危機を回避した実話を元にしているのだが、この機長によるとっさの決断と奇跡的な操舵術が、フライトシミュレーターによると「(川に着水などの)無茶をせずとも他に打つ手(他の空港に着陸するなど)があったのでは?」と判断されてしまうのである。
 これはまさに、前人未踏なことをやってのけたゆえに疑われたりその正当性を問われるという「逆コバヤシマル」的な状況であり、物語の終盤ではその正否を問う法廷物(審議会)の様相を呈してくる。
 「スター・トレック」でのメインキャラ、U.S.S.エンタープライズの艦長:ジェイムズ・T・カークはある「いんちき」によって「コバヤシマル」テストをパスしてしまうのだが、「ハドソン川の奇跡」のサレンバーガー機長は、長年培った勘や、言語化不可能な直感によって絶望的状況を脱してみせる。機長が直面した「死に最も近づいた値」を加算した結果、それまでシミュレーターが提示したオルタナティヴは途端に悉く失敗し、市街地に墜落というテスト結果になる。「テクノロジー依存」に対する、イーストウッドの批判が重たくのしかかる快作である。