もう一人のベイトマン「ウルフ・オブ・ウォールストリート」


 昨年の暮れに、映画批評としては実に20年ぶりの単著となる「映画のウトピア」を発表した粉川哲夫氏が、その中で『アメリカン・サイコ』について以下のような指摘をしていた。

 情報化への産業構造の本格的な変化のなかで、彼ら(ヤッピー)は、弁護士、医者、証券マン、メディア関係者として急速に地歩を築き、マンハッタンに進出してきた。その結果、それまでアーティストや活動家や"不逞の輩"もたむろできた場所が、ヤッピーのテイストに合わせて"優美"になっていった。都市論でジェントリフィケーションと呼ばれる現象である。ちなみに、90年代のバブル経済によって華麗化し、"安全"になったニューヨークは、まさに『アメリカン・サイコ』の世界から始まったのである。
(中略)
 映画を見ながら気づいたことがある。ヤッピーは、基本的に、最後の"メール・ショーヴィニスト"(男性至上主義者)なのだなということだ。"ヤッピー"は、女性にも適用されたが、本当は、男性だけに当てはめられるべき概念だったのかもしれない。監督の男性批判が強調さらているとしても、ベイトマンたちは、女性は好きだが、それはあくまでも性的対象としての女性であり、男性同士で張り合うか、"体育会"の雰囲気で固まる方を好む。つまり、いまにして思えば、ヤッピーとは、フェミニズムやゲイイズムが社会に浸透していく動きのなかで生まれた20世紀最後の反動だったのだ。
 「映画のウトピア」 〜"ヤッピー"のいた時代〜

 フィクションとノンフィクションという大きな違いはあれど、これはジョーダン・ベルフォートという男の自伝を元にしたマーティン・スコセッシの新作「ウルフ・オブ・ウォールストリート」と驚くほどに共通点があることに気付く。
 「アメリカン・サイコ」の主人公、パトリック・ベイトマンはハーバード大学及びハーバード・ビジネス・スクールも出ているような屈指のエリートである。だがベルフォートはそうではない。クイーンズ生まれで、肉や魚介類事業のセールスマンとして働き、その後に株式の世界に身を投じた男である。

 薄っぺらい虚栄心を競い合うハイクラスの生活に辟易し、その穴を埋めるために快楽殺人を続けるまで突き進むベイトマンに対し、学が無く「ノリと気合でなんとかなるっしょ」的に成り上がってきたベルフォートは、そこまでの虚無には至らず、ひたすらに金を稼ぐこと、あとはセックスとドラッグとロックンロール(果てしなく続くパーティー/馬鹿騒ぎ)の世界に耽溺していく。
 スコセッシの過去の作品で言えば、「グッドフェローズ」や「カジノ」で描かれてきた所謂「裏社会」の人間たちとの共通点も非常に多い。詐欺やマネーロンダリングの疑いで探りを入れてくるFBIを出し抜こうとするベルフォートのやり口は、「グッドフェローズ」「カジノ」のイタリアン・マフィアが用いてきた手法とほぼ同じであるし、いよいよ捜査の手が迫ってきた時に「誰がパクられた、誰がチクりやがった」と内輪の人間に対して疑心暗鬼になっていく過程も驚くほど酷似している。

 だがここで驚くのは、そうしたマフィアの世界に輪をかけて下品な狂騒が、ベルフォートの世界で繰り広げられていた、という事実である。ヤクザの世界と堅気の世界を比べたとき、ベルフォートの世界は決して「堅気」ではない。しかしながら、そうした"ならず者"ぶる人間が多数を占める世界が「一番タチが悪い」ということの証明であるかのように、そこには「仁」も「義」も存在せず、尊ばれるのは「俺はこんなに頑張ってきた」という業界人の寝てない自慢のような安い武勇伝と、それが結実した「成果物=金」である。
 極道の節度や美意識はもちろんなければ、その身を受け入れる覚悟もない。バブル期の狂気を描いた作品は数あれど、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」の世界で蠢く人間たちには「虚無」や「空虚」という概念が存在しない。そしてまともな人間なら抱くであろう「ちょっとやり過ぎだったかな?」と顧みての反省にも帰結しない。実に恐ろしい世代の台頭が描かれている。
 現代人にとって拝金が信仰であることを示唆し、ベルフォートの欲望の炎が蒼くチロチロとゆらめき続ける様を写しながら映画は終わる。そのギラギラした瞳は、さながら「タクシー・ドライバー」のラストで再び世に放たれてしまったトラヴィス・ビックルの瞳のようである。

映画のウトピア
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