知りすぎた男「ラブ・アゲイン」


いつもように子供をベビーシッターに預け、夫婦で出かけたディナーの席で、キャル(スティーヴ・カレル)は妻エミリー(ジュリアン・ムーア)から突然「離婚したい」と切り出される。同僚(ケビン・ベーコン)と浮気したのが原因だとエミリーは打ち明けるが、キャルはショックのあまり塞ぎ込んでしまう。別居を決心したキャルは失意の中、バーで出会った遊び人ジェイコブ(ライアン・ゴズリング)に成り行きを話す。すると彼は、冴えないキャルに「モテ指南」を施してやろう、と申し出る。かくしてキャルの「人間改造計画」が始まるのだが…というお話。
2011年のベスト10本に食い込んで来るであろう、素晴らしい作品だった。
これは平凡な男が新しい世界に触れて変化する物語であり、そして、どうしても変われない部分もあるということを悟る物語でもある。
キャルがジェイコブに「ベストキッド」スタイル(詳細は見てのお楽しみ)で「女を口説き落とす作法」を叩き込まれ、今まで女性経験は愛妻だけという40男は、全く新しい世界に触れることになる。それは、普段の服装や髪型といった、常にちょっとした心遣いを意識しつつ、女性とのコミュニケーションスキルを磨くことで、所謂“お持ち帰り”も決して難しいことはない、という世界である。彼はここでゲームのルールを習得し、プレイヤーとして経験値を上げ、息子の教師との面談で再会した妻に「見違えたわ」と言わせる程度には文字通り「男を上げ」てゆく。
だがキャルは、自ら飛び込んでいったこの「新しい世界」に違和感を覚えている。妻の別離の申し出によって知ることとなったこの新世界は、決して彼にとって馴染みの良い世界ではなかったのだ。
彼は知ってしまった「新しい世界」を捨て、再び「知りすぎなかった」頃の、馴染みの良い世界に戻ろうとする。そのきっかけとなる、携帯電話を使ったシーンが実に見事(詳細は見てのお楽しみ)で、向田邦子、山田太一もかくや、と思ってしまった。
しかし、キャルが子供たちの手を借りてまでして挑んだ復縁の試みは、脚本家:ダン・フォーゲルマンの手によって、丁寧にブチ壊されることとなる。この手順のなんと見事なこと!(詳細は見てのお楽しみ)
最後にキャルは、新しい世界を知ってしまった罰を受けるかのように、ある男の真摯な申し出に苦悩することとなる。「無理だ。自分は知りすぎた」キャルは呟く。果たしてキャルは、かつての「知りすぎなかった」頃の世界に、新世界で得た捨てようのない経験を胸に、戻ることができるのだろうか。

キャルが友人から「妻と話した結果、エミリー側に付くことになった。君とはもう会えない」と言われるシーン。恋愛/結婚関係の終焉において、共通の友人との関係にはリブートが必要とされる、という象徴的なシーンである。