大場正明「サバービアの憂鬱 〜アメリカン・ファミリーの光と影」

学生時代ぐらいから、映画を観るときに監督なりの作家性やテーマに着目するようになり、その辺りから郊外を扱った映画は割と好きなので意識して観ていました。そんな中、この「サバービアの憂鬱」は、アメリカの郊外をテーマにした映画・音楽・芸術・小説など紹介している良書と聞いて、ずっと古書店などで探してはいたものの、中々お目にかかれないので図書館で借りることにしました。すると、これは本当に「郊外をテーマにした映画・音楽・芸術・小説を読み解く」優れたガイドブックであり、そしてその背景となる実際の郊外を、その成り立ちから振り返る、という良書でした。
本書は全26章からなっています。それぞれ時代や、その時代から派生する事象を、それぞれの章で取り上げていますので、以下には自分が印象に残った点などを挙げつつ、感想も記していこうと思います。


1.50年代
「サバービアの憂鬱」では、様々な局面において、アメリカの郊外を読み解いていく際の「50年代の重要性」について触れていますが、具体的には「GIビル」と呼ばれた復員助成金と、それを得た市民による爆発的なアメリカ各地での郊外化(50年代末までに国民全体の3分の1が郊外居住者に!)が紹介され、そこで育まれた郊外のイメージについて解説されています。一番わかりやすいのが下記動画。

フランク・オズ監督による「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」のリメイク(86年)。このミュージカルシークエンスによって、所謂「50年代における理想の郊外のイメージ」がほぼ再現されている、とのこと。後に触れますが「リトル・ショップ〜」における郊外と都市の対比も非常に興味深いと解説しています(都市の人びとの郊外に対する渇望が上記動画で、都市の現状に対する不満を表しているのがコチラ)。
「郊外」という「コミュニティ」が完成すると、そこには暗黙のルールが根付いていくようになります。郊外という、開拓された新たな土地・限定されたエリアは、ルーツ/歴史(縦の繋がり)を持たず、そこに暮らすのはおよそ同程度の収入・人種も同じ中流の白人であり、これらの要素が結びついてさらに密接な関係(横の繋がり)を持つことによって、そのコミュニティの結束は揺るぎないものとなります。
その「強固な繋がり」に馴染めなかったり、揉め事を起こしてその共同体に居づらくなった場合はどうなるのか?郊外には、エリアによってランクが存在します。これはほぼ「収入に準じている」と言って差し支えないでしょう。そのコミュニティにいられなくなった者は、更に下のクラスの郊外への移住を余儀なくされる。逆のケースを言えば、米国の郊外生活者が外部圧力ではなく、自ら進んで転居する場合は、収入増加により更に上のクラスの郊外に移る場合がほとんどなんだとか。
話を戻すと、郊外の密接な繋がりに息苦しさを感じたり、何か問題を起こし、とある理由でその郊外を出て行かざるを得なくなった者のもう一つの選択肢として「都市への移住」があげられます。
もともとは都市生活者が、その安全性や、「庭付き一戸建て」といった豊かな生活条件を手に入れるため、都市生活に見切りを付け目指したのが郊外です。都市部の治安の悪さなどに嫌気がさし、それと引き替えに、郊外に安全性や暮らしの豊かさを求めて転居してきても、場合によってはそのコミュニティの閉塞感に耐えられず、ルーツも否定されず・過度な干渉をされるようなこともない都市部に戻ってしまうような家族も少なからず存在したとのこと。この「都市」と「郊外」という対比の構図も、本書では重要なテーマとなっています。


2.スピルバーグ
スティーヴン・スピルバーグという人は、1947年生まれで、少年期の50年代を郊外で過ごした人です。大場氏は「スピルバーグという人は、一貫して意識的に郊外を描いてきた映画監督」と主張します。E.T.が地球に降り立った時(正確に言えば、仲間に置き去りにされて)、小高い丘から見下ろすのは、郊外の人びとが灯す生活の光です。スピルバーグが脚本を担当した「ポルターガイスト」は、郊外の新興住宅地に起こる怪奇現象を描いた作品だし、「激突!」「ジョーズ」「未知との遭遇」は、郊外の平穏な暮らしで骨抜きのような状態になった男が、外部からの力(気狂いタンクローリー、サメ、宇宙人)によって、本来の活力を取り戻す話である、と分析しています。
「ハリウッド夢工場のヒットメイカー、アメリカンドリームの体現者」というスピルバーグの一般的なイメージも、一皮むけば非常にプライベートかつ切実な問題を、自己の作品に「娯楽映画」という形で投影する作家、といったような異なる面が見えてきます。ちなみにスピルバーグという人は、ユダヤ人というアイデンティティゆえに、郊外の小学校では「転校しなければならないほど」執拗ないじめに遭う、という過去を持つ人でもあり、そうした多感な少年期に育まれた、世界に対する疎外感も作品に大いに影響していると考えて間違いないでしょう。

自分の感想では省略しますが、スピルバーグと同様に、スティーヴン・キングという作家も、50年代という時代と、郊外というコミュニティの特殊さを執拗に描いてきた作家である、と触れていて、この辺りの言説も非常に目から鱗モノでした。


3.ショッピング・センターからショッピング・モールへ
まず、本書における「ショッピング・センターとショッピング・モールの違いは何か?」を、引用を交えつつ簡単に説明します。

ショッピング・センター
複数の商店が一つの駐車場を共有するような形態。50年代以降に、新たな消費者を求めて郊外に進出するデパートや、成長を続けるドラッグストアやスーパーマーケットのチェーンが、ショッピングセンターを発展させていくこととなる。

ショッピング・モール
商店やレストラン、その他の娯楽施設などが、遊歩道となるゆったりしたフロアや、吹き抜けの空間のあるひとつの巨大な建物の中に機能的に集約されている。モールに足を運ぶには車が必要になるが、ひとたびモールの中に入ってしまえば、人は完全な歩行者となる。

大場氏はショッピング・センターからショッピング・モールへの変貌を「スモールタウンの擬似化」と分析し、モールがある種テーマパーク的であったり、社交の場、あるいはティーンエイジャーのたまり場としての機能がある、といった点を指摘します。高速道路/州間高速の発達により、生活の場から離れた広大な土地にモールが建設され、郊外生活者の新たな「暮らしの場」となっていく。本書では紹介はしていませんが、こうした構図で忘れ去られていく街の悲哀を「クルマが主人公のカーレースものだよー」というオブラートに包んで真っ向から描いているのがピクサーの「カーズ」だったりするのです。
 
実はピクサーは「Mr.インクレディブル」でも、50〜60年代を舞台に「郊外に順応せざるを得ないアウトサイダーの悲哀」みたいなことをやっていたりもします。


4.90年代以降、そして郊外の現状
50年代に爆発的に拡大し、60〜70〜80年代と変貌していった郊外。そうした変遷は、スティーヴン・キングの「クリスティーン」に詳しい、と大場氏は語りますが、この「サバービアの憂鬱」が刊行されたのが1993年。今から17年も前です。つまりは「ネット以前」ということ。この点を気にかけながら読んでいたら、まさに慧眼としか言いようがない箇所があったので、以下に引用したいと思います。

「〜ここで、郊外をとりまく新しい環境に目を転じるなら、コンピュータは、郊外の世界のなかに、テレビや高速道路、モールよりも、はるかに巨大な非現実的空間を切り開くことになるだろう。しかも、一見するとそこは、個人主義と自由の王国にみえる。一見すると、というのは、コンピュータというテーマが大きすぎて、誤解を招きかねない説明になりそうだが、簡単にいってしまえば、この新しいネットワークは、全国に広がるモールとは比較にならないスケールで、人々の均質化をもたらすかもしれない、ということである。」
第二十三章 ゲイの浸透と新しい家族の絆

この章では、マイノリティに排他的かつ不寛容な50年代では考えられなかった「ゲイであり郊外生活者である」といった題材を扱った小説などを紹介しています。そして、この「郊外と、ネット時代以降の個人主義」を扱った作品では、ミランダ・ジュライの「君とボクの虹色の世界」という作品が思い起こされます。

このように、「サバービアの憂鬱」が刊行された93年以降にも、郊外をテーマにした作品は、もうそれこそ面白い作品が山ほど制作されているのです。なので、次回エントリでは、私が考える93年以降、「サバービアの憂鬱」以降の郊外映画を色々ご紹介していこうと思います。
結構な長文の割には、かなり駆け足のダイジェストになってしまい(全494ページ)、本書の魅力を存分に伝えられたか自信がありません。「サバービアの憂鬱」は、最初にも記したように映画・音楽・芸術・小説などのジャンルを縦断し、多岐に渡って「アメリカの郊外とはなんぞや?」を、非常にわかりやすく紐解いてくれる良書なので、もし手にする機会のある方には全力でリコメンドしたいです。
現在絶賛廃刊中ですが、ネットでは二十章までを読むことが可能です。

本書で紹介されている、ビル・オーウェンズという写真家による、郊外をテーマにした写真集も中々興味深い資料です(ソフィア・コッポラが「ヴァージン・スーサイズ」を撮る際に参考にしたとかしないとか)。

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