若者よ、書を捨てよ、町へ出よう。でもその前に最後の一冊 〜『自分探しが止まらない』速水健朗


前作「タイアップの歌謡史」では、「ヒットソングの裏側には、ある仕掛があり、世の中の動きや流行の流れを汲んだタイアップというビジネスチャンスが潜んでいた」と紐解いてみせる非常に興味深い本でしたが、今作では前作と同様のスタイルで「90年代〜00年代にかけての若者を取り巻く労働状況の変化と、その質の変化」を暴いていく、読み応え充分の快著でした。


「自分探し」と言っても様々なケースがあるでしょうが、私はミュージシャンを例に挙げてみたいと思います。

まず、本でも大きくフィーチャーされている団塊ジュニア世代にドンばまりだった人も多いであろう椎名林檎。彼女は「アルバム3枚出して引退する」と、よくインタビューなどで(Rナンタラとかいうミュージシャン大肯定持ち上げ誌)語っていました。それよりちょっと遡るマニック・ストリート・プリーチャーズ。彼らは「最高のアルバムを一枚出して、それを各国でチャートの一位にして解散する!」が口癖でした。が、林檎女子もマニックスも、まだ全然表舞台にいるどころか、音源を発表すればちょっとしたニュースになるぐらいの支持を得ています。
ミュージシャンにおけるこうした発言は、「自分自身をネクストステージにまで高めていきたい」という、ある種の探求精神と、恐らくは若気の至りとが綯い交ぜになった状態でウッカリそういうことがポロッと出てしまうのでしょうが、私生活で家庭を持ったり子供を授かったりすると、やはり守りに入るというか、そういう「もうちょっと自分探ししたい自分」と折り合いをつけながら、アーティスト活動を続けざるを得ない、という形になるようです。ミュージシャンではありませんが、浅野忠信が結婚して間もなく、子供がまだバブバブしている真っ只中に突然「NYに芝居の勉強に行きたい」と言い出しCHARAが必死に止めた、という話も、こうしたケースを如実に物語っているように思えます。
華々しいキャリアの只中で「自分のやりたいことをやりたい」とステージを降りてしまったミュージシャンに、ボン・ジョヴィのベーシスト:アレック・ジョン・サッチがいます。彼はボン・ジョヴィを脱退し、かねてからの夢であったバイク屋を開きました。しかしこれはある程度成功を収めた人が次なるステップとして歩む、いわゆるセカンドライフ的なもの。その全く逆のケースで、まず事業で成功し、そのお金で「自分探し」としての音楽活動を続けるミュージシャンが、千葉にいるのを皆さんはご存知でしょうか?

ジャガーさんです。
ジャガーさんはもともと音楽関係の道を志していたものの断念。次に得意としていた裁縫仕事を手に職とし、借金をして洋裁店をオープン。順調に事業を拡大していき、千葉のみならず東京や神奈川にも支店を開くまでに成功を収めたジャガーさんは、地元ローカルの千葉テレビの番組枠を買い取り「ハロー・ジャガー」をスタートさせます。まずビジネスを成功させ、それを資金に音楽活動を展開するという、いわば「逆YAZAWA」的なスタイルを、かのみうらじゅんは「上がり成り」と定義付けています(余談ですが、千葉在住の(というか千葉といえば)この人によれば、子供の頃「どーもジャガーでぇーす」などとふざけて真似をしていると、不良から「てめぇジャガーさん馬鹿にすんじゃネェよ」と絡まれたそうです)。
格差が広がり、夢も希望も持てずに暗澹たる気分が蔓延する今の世の中で、胡散臭い自己啓発などにハマッて「自分探し」の無限ループから抜け出せない若者達に「それでも『一ヶ月だけ頑張れば』なんて言うのはウソでしょ」と、本書での落とし所に苦労したと語る速水氏ですが、それだったらジャガーさんにインタビューして気持ち良く結ぶべきだったのではないかナァ、と以下のPVを見ながら思うのでした。

  • ファイト!ファイト!ちば!


ミッシェル・ポルナレフ的に千葉の地名をツラツラ歌い繋ぐそのスタイルが斬新過ぎる!

タイアップの歌謡史 (新書y)

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自分探しが止まらない (SB新書)

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TIME MACHINE (CD-EXTRA仕様)

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