「誰も知らない」を観ました。

この映画にはYOU、遠藤憲一木村祐一という3人の大人達が登場します。それぞれ4人の子供達の母親であり父親です。母親は「学校なんかに行かなくて良い。家からも出ないこと」と言いながらも、自ら教育を施すでもなく、父親達は「お母さんが帰ってこない」という子供の訴えを「チン毛生えてきたか?」「ゆきちゃん、オレに似てきた?」などとはぐらかします。つまり「子供が学校にも行かず家に篭りっきりで1日何をするのか?」「年端のゆかない兄弟4人を放っておいたらどうなるか?」という想定は直面したくない面倒な問題なので見ぬフリを決め込み放棄するのです。これは親としての責任の放棄とも言えるでしょう。私がこの映画で恐ろしいと思った点は、ここに登場したような親たちが、決してフィクションとしてのレアケースに思えなかったからです。まさに「恐るべき大人達」の時代が到来した、ということなのでしょうか
ここで、例えばホームドラマ全盛の頃に「誰も知らない」が作られたと仮定をしてみます。恐らく物語の構造としては
お母さんが恋をして子供達を置いて出て行ってしまう→4人で何とかやりくりする子供達→気になるので様子を窺いに行くお母さん→子供達が健気にも逞しく生活する様に胸を打たれる→「ゴメンねぇ!お母さんが悪かった!」めでたしめでたし…
となるでしょう。しかし、「我が子に熱湯をかける」といった事件がおきてしまう現代で、果たしてその物語が有効でしょうか?「誰も知らない」は、既成のホームドラマがもはやファンタジーとしてでしか存在し得ない、という悲しい現実を奇しくも宣言してしまっているネクストレベルのホームドラマなのかもしれません。親しくなったコンビニの店員や、マンションの大家といった人たちが、感づいたり怪しんでいながらも今一歩踏み込むことが出来なかったという点を挙げれば、いわゆる長屋文化ももはや存在しない、という宣言のようにも思えます
そういった「色々な物が消滅してしまった」都市生活において是枝裕和が何を描いたかと言えば、子供達のサバイバルです。ライフラインが断たれたらどうするか、お金が無くなったらどうするのか。文字通りの「生き残り」を通して、子供達の成長や心境の変化を繊細に紡いでゆきます。サバイバルなので当然そこには危険も存在し、不幸な死も訪れます
この映画に対する否定的な意見として、実際に起きた「巣鴨子供置き去り事件」の顛末との対比をあげる人がいます。確かに実際に起きた事件はもっと陰惨だったようです。しかし事実を忠実に描けば、恐らく「子供達のサバイバル映画」としては成立しなかったでしょう。是枝裕和は苦渋の決断の末、少しでも多くの人たちにこの事件を知って貰う為に、あえてこうした脚色を選んだのではないか、と私は考えます
俳優で言えば、母親を演じているYOUは本当に素晴らしく、恐らく本年度の邦画で最大の収穫と言っても過言では無いほどの名演を披露しています。以下はパンフレットにあった是枝裕和のYOUに対する言及です

渋谷の東武ホテルの喫茶店で会ったYOUさんは、開口一番「やめといたほうがいいですよ、私。苦労しますよ…」と笑った。詳しく真意を聞いていくと、「台詞を憶えるのが嫌い」「リハーサルを繰り返しているうちに飽きてしまう」「だから本番一発勝負のバラエティが好き」ということだった。その一言一言を聞きながら、僕は内心(しめた!)と思った
こどもたちには事前に台本を渡さないこと。撮影当日、僕が現場で口立てで台詞を伝えるようにすること。リハーサルはなるべくせずに1回目からカメラを回していくこと。僕は今回の映画の演出方針をそう説明したあとで、「YOUさんもこどもたちと同じに扱いますから、一発勝負のバラエティに参加するつもりで来ていただいてかまいません」と、再度出演を要請した。聞きようによっては随分失礼な提案だと思うのだが、彼女は「それならできるかも…」と明るく言ってくれたのだった
YOUさんは僕が求めていたイイ加減な感じをまさにポジティヴなものとして発散しているように思った。彼女には"今"しか存在していない。会ってみてあらためてそう感じた
(中略)
撮影が始まって間も無い頃は、カメラが回っているにも関わらず、こども達が兄弟や母子のやりとりの中で「愛は…」と本名を出してしまったり、「私のおばあちゃまがね…」と自分の家族のことを話題にしてしまうことが時折あった。こういうことに慣れていない女優さんなら、たぶんこの時点で撮影をストップせざるを得ないところだが、彼女は戸惑いもせず「あら、そう」と明るくその話題を受け流したあとで、ここが編集点だと見極めたかのように「それでさぁ、京子ちゃん…」と、瞬時に彼らを劇の時間と関係に引き戻すのだった

最後に、実際の事件がどういったものだったか、以下のページを貼り付けておきます。
6つ目 巣鴨子供置き去り事件 参照
http://www8.ocn.ne.jp/~moonston/family.htm


↓後はこちらのご意見も非常に興味深かったです。
http://d.hatena.ne.jp/erohen/20040824